美容室を開業するためには、さまざまな準備が必要です。公的機関に対して行わなければならない手続きも、大切な準備作業の一つです。手続きの方法は、法人として開業する場合と、個人事業主として開業する場合とでは若干異なります。美容師として独立し、美容室を開業しようとする方には、個人事業主として開業する方が多いようです。ここでは、個人事業主の場合の手続きを中心に解説します。
美容室を開業するために必要な手続きとは
美容室を開業するにあたり必要となる手続きの申請先には、以下のものがあります。ただし、全ての機関に手続きが必要なわけではありません。これらは、①美容室を開業する場合に必須となるもの、②美容室に限らず開業する際に必須となるもの、③従業員を雇用したら必須となるもの、に分けることができます。
①美容室を開業する場合に必須となるもの
保健所(第2章)
消防署(第3章)
②美容室に限らず開業する際に必須となるもの
税務署(第4章)
都道府県税事務所
開業後速やかに(自治体によって異なります)、「事業開始等申告書」を提出しなければなりません。
③従業員を雇用したら必須となるもの
労働基準監督署(労災保険)
「保険関係成立届」
(開業した日の翌日から起算して10日以内)・「概算保険料申告書」(保険関係が成立した日の翌日から起算して50日以内)を提出します。
公共職業安定所(雇用保険)
「雇用保険適用事業所設置届」(開業した日の翌日から起算して10日以内)・「雇用保険被保険者資格取得届」(被保険者となった事実のあった日の属する月の翌月の10日まで)を提出します。
年金事務所
個人事業主は任意(法人は必須)となります。「新規適用届出」(適用事業所となった場合、速やかに(原則として設立後5日以内))・「新規適用事業所現況書」(新規適用届と同時に提出)・「被保険者資格取得届」(被保険者の資格を取得した日から5日以内)を提出します。
手続きに不備や漏れなどがあると、美容室のオープン予定日に間に合わなくなることもあります。早めに準備を進めておきましょう。
美容室を開業するために必要な手続き①「保健所への届出」
美容室を開業するためには、保健所へ届出書を提出し、施設の検査を受けて営業許可をもらわなければなりません。保健所の手続きの流れは以下のようになります。
保健所の手続きには以下の書類を揃えます。
開設届(必須)
申請書は保健所で入手します。自治体のホームページからダウンロードも可能です。
所在地や管理者氏名、美容師免許番号などを記載します。
施設の構造設備の概要(必須)
申請書は保健所で入手します。自治体のホームページからダウンロードも可能です。
作業室面積や客待場所面積、照明の種類や個数などの細かな情報を記載します。また、施設の平面図(寸法の入ったもの)と施設付近の見取り図が必要ですので、あらかじめ準備しておくと良いでしょう。
従業員名簿(必須)
申請書は保健所で入手します。自治体のホームページからダウンロードも可能です。
美容師免許証の本証掲示(全員分、コピー不可)が必要です。また、美容師が複数人いる場合は管理美容師講習会の修了証書の本証掲示(コピー不可)も必要となります。
医師の診断書(必須)
従業員名簿に記載する美容師は、3か月以内に医師の発行する、結核や皮膚疾患について記載のある健康診断書が必要です。
登記簿謄本(開設者が法人の場合のみ必要)
法務局で発行する法人の登記事項証明書(6か月以内に発行したもの)の原本掲示(コピー不可)が必要です。
外国人登録証明書(開設者が外国人の場合のみ必要)
国籍等の記載のある住民票の写しが必要です。
開設手数料
自治体によって異なりますので確認が必要ですが、書類提出時に2万円程度の手数料が必要となります。
手続きの期限は、美容室のオープン予定の1週間前から10日前となります。期限も自治体によって異なります。美容室の構造設備などが、法律や条例に適合しているかを確認するためにも、事前に保健所で確認しておくと良いでしょう。
美容室を開業するために必要な手続き②「消防署への届出」
美容室を開業するには、消防設備(消火器・火災報知器・非常警報設備など)の基準を満たしているかどうかを確認するため、消防署への手続きが必要です。消防署への提出届出書には、以下のものがあります。いずれも、消防署で入手するものですが、消防署のホームページからもダウンロード可能です。
防火・防災管理者選任(解任)届出書
美容室の規模や入居する施設の条件によっては、防火管理者を選任しなければなりません。防災管理者は、大規模商業施設などが対象です。
美容室の規模が、スタッフ・お客様含めて30名以上収容可能な場合は、防火管理者の選任が必要となります。さらに、美容室の延べ床面積が300㎡以上の場合は甲種防火管理者、300㎡未満であれば乙種防火管理者を選任することになります。
防火管理者の資格は、最寄りの消防署で行っている防火管理講習を受講することで取得が可能です。甲種は2日間、乙種は1日の講習となっています。防火・防災管理者選任届出書の提出時に、防火・防災管理講習修了証の添付が必要です。
【画像3_防火管理者.jpg】
防火対象物使用開始届出書
建物や建物の一部(テナント物件)を使用する際には、使用の7日前までに、消防署へ「防火対象物使用開始届出書」を提出しなければなりません。
防火対象物工事等計画届出書
テナント物件に入居して美容室を開業する場合は、内外装の工事が必要となります。その場合は、消防署へ「防火対象物工事等計画届出書」を、工事着工の7日前までに提出しなければなりません。その際も、開業前には前出の「防火対象物使用開始届出書」の提出も必要ですので忘れずに。
美容室の規模や入居施設の条件によって、届け出内容も異なりますので、入居前や内装工事の着工前に、最寄りの消防署で相談をしておきましょう。
美容室を開業するために必要な手続き③「税務署への届出」
美容室の開業に限らず、事業を開始する際には、税務署に以下の手続きが必要です。
個人事業の開業・廃業届出書(必須)
開業後1か月以内に届出なければなりません。
給与支払い事務所等の開設届出書
給与支払があれば必須(給与支払いの事実があった日から1か月以内)となります。ただし、個人事業の開業・廃業等届出書に給与等の支払の状況を記載すれば提出は不要です。
所得税の青色申告承認申請書
個人事業主が確定申告を行う方法には、白色申告と青色申告とがあります。青色申告を行いたい場合は、あらかじめ「所得税の青色申告承認申請書」を税務署に提出する必要があります。青色申告には税制上の優遇措置をうけることができるというメリットがありますので、開業届と一緒に提出するのがおすすめです。
青色事業専従者給与に関する届出書
事業を手伝う配偶者や家族に給与を支払う場合は、「青色事業専従者給与に関する届出書」を提出する必要があります。この届出書を提出しなければ、配偶者や家族に支払った給与を経費として計上することができません。
所得税の減価償却資産の償却方法の届出書
個人事業主の場合、減価償却の方法は定額法となっています。償却資産によっては、定率法で算出した方が節税となることがあります。定率法へ変更したい場合には、最初の確定申告書の提出期限までに、届出書の提出が必要です。このほかに、棚卸資産を多く有する小売業等で節税効果のある、所得税の棚卸資産の評価方法の届出書もあります。
源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請
原則として翌月の10日までに納付しなければならない源泉所得税ですが、給与支払いのあるスタッフが10人未満の美容室の場合には、半年分をまとめて納付することができる特例があります。この申請は随時受け付けられています。
美容室を開業するために必要な資格とは
第4章までは、美容室を開業するために必要な手続きについて、理解を深めてきました。第5章からは、美容室を開業するために必要な資格についての確認をしていきます。
美容室を開業するためには、自身が美容師免許を有しているか、または、美容師免許を有する者を雇用していることが必要です。美容室を一人で経営していくのであれば、自身が美容師免許を保有してさえいれば開業することができます。しかし、自身を含め二人以上の美容師が常時勤務する店舗では、管理美容師を置くことが義務付けられているため、管理美容師免許も必要となります。
国家資格である美容師免許は、厚生労働大臣または都道府県知事が指定した美容師養成施設を卒業し、実技試験と学科試験に合格すれば取得することができます。
管理美容師免許は、美容師免許取得者が美容師としての実務経験を3年以上行った後、厚生労働大臣の定める基準に従い都道府県知事が指定した講習会、つまり、各都道府県で実施される所定の講習会を受講することで取得できます。
しかし、美容師免許・管理美容師免許の資格は、最低限の技術の保有を証明するものに過ぎません。美容室の経営には、接客などの実践スキルや広告宣伝などの経営スキルの保有も重要な要件となります。美容師免許の取得後は、どこかの店舗でスタッフとして勤務しながら、実践スキル・経営スキルを学び、満を持して独立する方が多いようです。
美容室を開業するために必要な資格①「美容師免許」
厚生労働省が定めた美容師法において、美容室を開業することができるのは美容師に限るとされています。つまり、美容室を開業するためには、美容師の資格を取得しておかなければなりません。
国家資格である美容師の免許を取得するためには、国家試験に合格する必要があります。また、その国家試験は誰でも受験できるものではなく、厚生労働大臣または都道府県知事が指定した美容師養成施設を卒業しなければ、受験資格は得られません。
美容師養成施設
美容師養成施設の入学資格は原則高等学校卒業ですが、美容師養成施設が実施する入学試験に合格し、さらに、入学後の講習を受けることを条件に、中卒者が入学できる美容師養成施設もあります。また、美容師養成施設で学ぶ方法には、通学(昼間過程または夜間過程)と通信課程があります。
美容師国家試験
美容師国家試験には、実技試験と筆記試験とがあり、両方に合格する必要があります。受験資格は、美容師養成施設で次のいずれかの過程を終了した人となります。
昼間過程 2年以上
夜間過程 2年以上
通信課程 3年以上
美容師養成施設の入学が平成10年3月31日以前の場合は、条件が異なります。また、一部の試験が免除となる条件もあります。
国家試験の運営は、美容師法に基づく指定試験機関として「公益財団法人理容師・美容師試験研修センター」が指定されており、国家試験事務のほか、免許申請受付などの登録事務も行っています。
美容室を開業するために必要な資格②「管理美容師免許」
美容室を開業する際、独立して一人で営業するのであれば、必要となる資格は美容師免許でした。しかし、自身以外に美容師を1名以上雇用するとなると、管理美容師免許が必要となります。管理美容師は美容室の衛生管理を行う目的で設置しなければならないと美容師法で定められているため、店舗ごとに管理美容師が常勤していなければなりません。複数店舗展開を考えているのであれば、複数名の管理美容師が必要となります。
管理美容師免許は、美容師の免許を受けた後3年以上美容の業務に従事した後、厚生労働大臣の定める基準に従い都道府県知事が指定した講習会の課程を修了しすると取得することができます。つまり、美容師免許とは異なり、試験を受けるのではなく、18時間の講習を修了すれば取得できる資格ですが、講習会には定員があり、募集予定数を超えると抽選となるため、管理美容師免許取得の計画を立てるの際は、注意が必要です。
管理美容師免許の取得条件
美容師としての実務経験3年以上
厚生労働大臣の定める基準に従い都道府県知事が指定した講習会の受講
講習は3日間で行われ、合計18時間(公衆衛生4時間、衛生管理14時間)の講義を受講します。
管理美容師免許取得の流れは以下のようになります
【画像7_管理美容師免許.jpg】
美容師は、業務上ハサミなどの刃物を使用するため、安全管理が欠かせません。また、お客様の髪や肌に直接触れるため、衛生面での管理も必要です。美容師の資格だけでなく管理美容師の資格も有することで、自身の安全・衛生知識が向上するのはもちろん、お客様側から見ても、安心して利用いただける美容室となります。
美容室を開業するために必要な資格③「実務経験」
美容師としての技術は、美容師養成施設などで学ぶことができます。また、練習を重ねることで技術を向上させることもできます。しかし、実務でしか経験できないことは多くあります。美容室では、お客様の髪にハサミなどの刃物をあて、カラーリング液などの薬剤も使用したりするため、お客様の安全をどのような確保していくのか、リスクはどのような場面に潜んでいるのか、実務を介してしか学べないものがあるのです。そのほかにも、実務をこなす中で、接客スキルを学びながら固定客を育成することも可能です。自身の固定客となっていただいたお客様は、将来、新しい美容室の大切なお客様となります。独立開業時に安定したスタートを切るための重要な存在となっていただけるのです。
厚生労働省2019年衛生行政報告書によると、全国の美容室数や美容師数は増加傾向にあります。美容室数は25万1140店、美容師数も53万3814人と、いずれも過去最多となっています。一方で、3年以内の廃業率が90%、つまり3年後に営業を続けている店舗は10件中1件のみとなっており、美容室業界は生存競争が激しい業界でもあるのです。
こうした激しい競争を生き抜くために、技術や経験を向上させることはもちろんのこと、専門性を高めていくことも、美容室の強みを一つでも多く増やしていく方法として有効です。専門性は、模倣困難性(ライバルが真似できない)や、競争優位性(ライバルより有利な条件で戦える)を向上させ、美容室の大きな強みとなります。他の美容サービス(美顔、ヘッドスパ、着付け、ネイルケアなど)の専門技術を身につけ、美容室のメニューに新サービスとして加えてみてもよいのではないでしょうか。
美容室の開業に必要な事業計画とは
新しく事業を始める際には、事業計画書の作成は欠かせません。事業計画作成の目的は、主に3つあります。第一の目的は、事業を進めるにあたり、自身の行動を明確にするためです。頭の中で考えているだけでは、斬新なアイデアなども不確実な状態のままです。事業計画書に文字で表現することで、イメージが可視化され、整理することができます。第二の目的は、利害関係者(ステークホルダー)に事業を理解してもらうためです。美容室などを含め、個人事業主や中小企業の場合は、資金繰りの支援を行う金融機関が主な利害関係者となります。事業計画書を通じて、進めている(進めようとしている)事業が、どのような結果(利益)を生むのかをアピールできます。また、美容室が目指していることが明確に表現されている事業計画書は、利害関係者でもある従業員にとっても、モチベーション向上につながるものになります。事業計画書は、経営者と従業員の意識を共有してくれるツールであるともいえます。第三の目的は、事業開始後の問題点をいち早く認識し、軌道修正を行うためです。事業は計画通りに進まないことが多く、事業計画書は一度書いたら終わりというものではありません。事業を進めていくなかで問題が発生したらその都度修正を加えていく、独立開業時の事業計画書は、言わばチェックリストのようなものなのです。
事業計画書の一部でもある収支計画も重要な項目の一つです。美容室経営という事業を継続していくには、利益を出せなければ成り立ちません。毎月の固定費(売上ゼロでも発生する経費)を補うには、限界利益(売上から変動費を引いた粗利)がどのくらい必要なのか算出しておく必要があります。何人のお客様にご来店いただければならないのか、サービス料をいくらに設定しなければならないのかなど、詳細な部分まで検討しておくのです。ここまで事業計画書を作りこんでおくと、現在の事業進捗度や問題点などが一目で把握できるようになり、経営者にとってはバイブルのような存在になります。
美容室の開業に使える補助金・助成金とは
補助金・助成金は、支援金や給付金と異なり、申請して審査が通ればいただける、というものではありません。支払った金額の一部(または全額)を、後日補助(助成)して頂けるというのものです。また、補助金と助成金とではお金の使いみちが異なります。経済産業省が実施をする補助金は、中小企業の事業を活性化するための補助であり、厚生労働省が実施をする助成金は、企業の労働環境の整備にたいして助成される、という性格があります。ここでは、美容室に有効な補助金について紹介します。
持続化補助金(小規模事業者持続化補助金)
持続化補助金は、主に新規顧客獲得のための施策に対して補助されるものです。美容室の場合は、「新規顧客獲得のためのチラシ作成費・ポスティング費」「高齢者顧客獲得のための設備導入費」などが対象となります。
IT導入補助金
「ホームページ作成費用」「予約ソフト導入」「POSレジシステムの導入」「財務管理システム導入」など、ITツールの導入に対して補助されるものです。美容室の場合では、最も申請しやすいかもしれません。
ものづくり補助金(ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金)
ものづくり補助金は、中小企業が「経営革新(新商品、新サービスの開発、生産プロセスの開発)」や、「生産性の大幅向上に資する取り組み」に対して補助されるものです。美容室の場合は、「宣伝費」「販売促進費」「新しいサービスメニューの開発費」などで申請が可能です。
その他自治体の補助金
自治体によって、さまざまな補助金制度があります。前述の持続化補助金やIT補助金と重複する性格のものもありますが、自身の属する自治体で確認することをおすすめします。美容室の場合は、家賃やホームページ作成費に補助いただけるものや、金融機関からの借入金に対する利息部分を補助いただけるもの、自治体が主催する創業者向け講座(創業塾)を受講すると利用できる制度など、対象となるものは多くあります。
補助金・助成金は、「誰も教えてくれない」「知った人が得をする」制度です。個人事業主、法人問わず、創業時にだけ対象となるものもあります。特に独立開業(創業)時は、資金的にも余裕がないため、対象となる制度を上手に利用していきましょう。