「助成金」とは、事業主が労働者に対する待遇改善や生産性の向上を行った時に、行政から支給されるお金のことです。融資ではないので、返済の必要はありません。
美容サロン経営者が知っておきたい助成金とは
例えば利益率10%のサロンで50万円の助成金を獲得できれば、500万円の売上に相当すると言えば、その大きさはおわかりいただけると思います。
創業間も無い事業者や、小規模な事業者から見れば、返済不要のお金が数十万単位で入るというだけでも魅力的に違いありません。
助成金を得るためには、労働者を雇っている店舗が行うべき法的な義務を果たす必要があります。労災の加入や、(加入要件を満たしていれば)雇用保険の加入は必須です。
また、入社時に雇用契約書を交わし、毎月、出勤簿や賃金台帳を記録し、会社のルールは就業規則を作成して守らせることが求められます。これは、どの助成金でもほぼ共通していることと言えるでしょう。
助成金コンサルを名乗る会社が、「簡単にお金を受給できます」と言う売り文句で助成金申請を勧めてくるケースが散見されます。
しかし、上記のような法的要件のクリアや書類の整合性が求められるため、事業を始めたばかりの会社が簡単に受給できる類のものではありません。甘い話にはのらないようにしてください。
なお、助成金の申請代行は社会保険労務士以外に認められません。上記のようなコンサル会社が代行を行うことは違法ですので、ご注意ください。
美容サロンの人材確保・育成に活用できる「キャリアアップ助成金」とは
助成金と一口に言っても、たくさんの種類があります。厚生労働省が発表しているものだけでも70近いコースがあり、他に都道府県単位で発表しているなどもあり、その全容は私でも掴み切れません。
その中で、おそらく一番通年で使われているのが、この「キャリアアップ助成金」です。美容サロンの方でも使えるところですので、ぜひ知っていただきたいです。
この助成金の大前提は「非正規社員のキャリアアップや待遇改善」が目的である、ということです。
以前から、いわゆる正社員と非正規社員の待遇格差が日本の大きな労働問題になっています。2021年4月から、中小企業でも「同一労働同一賃金」がスタートし、正社員と非正規社員の不合理な格差が違法になります。
キャリアアップ助成金は非正規社員の正社員化や、非正規社員のままでも健康診断や賃金の面で正社員と均等化にすることで支給されます。
ということは、同助成金を得るためには、まず店舗における正社員、非正規社員(ここで名前は問われません。便宜上、以下、この名称で説明します。)の定義付けから始まります。
その定義を記載したのが就業規則です。そして、従業員が正社員なのか非正規社員なのかを明確にしておく必要があります。それは雇用契約書に明記されていることになります。
美容サロンの人材確保・育成に活用できる「キャリアアップ助成金①正社員化コース」
では、詳細に入っていきましょう。最初にご説明をするのが、この正社員化コースです。キャリアアップ助成金を使う事業者がほとんどのコースを使っていると言えるでしょう。
申請金額は1人あたり285,000円~720,000円となります。一番多く使われる「有期雇用の非正規社員から正社員への転換」で570,000円です。
その名前の通り、非正規社員を正社員にすることによって得られる助成金です。
非正規社員か正社員かというところは、前述の通り雇用契約書で明示をする必要があります。また、待遇改善が目的なので、非正規社員から正社員に転換させる際に5%以上 (令和3年4月以降の転換は3%以上) の賃金アップが求められます。
非正規社員である期間は最低6ヶ月必要です。また、正社員化後、正社員としての給与を6ヶ月分支給します。
この助成金は6ヶ月目の給与を支給してから2ヶ月以内に申請を行います。都道府県によって大きく違いますが、東京都だと支給申請から振込まで半年以上かかりますので、雇用から振込まで数えると最低でも1年半から2年程度時間がかかることになります。
この間、同社員を非正規社員から賃金を上げて正社員化し、申請に必要となる書面を管理し続ける必要があります。つまり、計画的に取り組まないと、使える助成金も使えない、ということになってしまいますので、ご注意ください。
逆に言えば、法定通りの労務管理を行っていれば、申請しやすい助成金とも言えます。助成金の入門編として、ぜひチャレンジしていただきたいところです。
美容サロンの人材確保・育成に活用できる「キャリアアップ助成金②賃金規定等改定コース」
賃金規定等改定コースは、労働期間が決まっている有期の非正規社員の賃金規定を改定し、2%以上の増額に踏み切った事業所に支給されるものです。申請額は47,500円から、対象となる労働者数に比例していきます。
このコースを使う大前提は「有期非正規社員向けの賃金規定を作成している」ということです。つまり、事業主の一方的な判断で時給を決めている場合は使えない、ということになります。
イメージとしては、非正規社員のランクA 〇円、ランクB 〇円・・・といった表に合わせた支給を行っている、ということです。この〇円の部分を2%以上上げる必要があります。
まず、従前の賃金規定は最低3ヶ月以上運用されており、かつ支給実績がなければいけません。かつ、新しい賃金規定に改定後、6ヶ月の運用実績が必要となります。
また、個々の職務評価を実施のうえ、このランクを決定している実績があることで、増額される仕組みもあります。
有期の非正規社員の場合、どうしても、短期で雇う前提であることから、その待遇だけではなくキャリアに対する扱いもおざなりになりがちです。
そのような方でもきちんと評価制度に基づく評価を行い、適正な賃金を得られるとともに、自信の強み弱みを把握してキャリアアップにつなげる機会を得ることが望まれます。それを後押しするのが、同助成金、ということになるのです。
美容サロンの人材確保・育成に活用できる「キャリアアップ助成金③健康診断コース」
前提として、常時使用する労働者を雇う場合、雇入時健康診断を行う必要があります。また1年に1回、一般健康診断を受けさせることも事業主の義務になります。正確には、正規スタッフの他に、正規従業員の3/4以上の労働時間で働くスタッフも対象となります。
健康診断コースはこの条件にあたらない、有期の非正規社員に、これらの健康診断や人間ドックを受けさせる制度を作ることで得ることができる助成金です。
つまり、法律で定められた最低限の健康診断以上のことをすると受け取れる、ということです。申請額は1事業所あたり1回限りで原則38万円です。
健康診断なら全額、人間ドックなら半額以上会社が費用負担をすることが必要です。ただ制度を作れば良い、ということではなく、実際に4名以上の有期の非正規社員に健康診断や人間ドックを受けさせた実績が必要です。
制度を作る、ということは、就業規則への記載が必要となります。もちろん、費用負担に関することも明記されていることが条件となります。
有期の非正規社員の待遇を改善するためには、いわゆる給与だけではなく、健康にも配慮しなくてはいけません。健康診断制度の狭間で、受診できない方を救う会社には助成金を出しましょう、という仕組みだとご理解いただければ良いでしょう。
ちなみに、令和3年度より「諸手当制度等共通化コース」と名前が変更になる予定です。
「キャリアアップ助成金」でどのような美容サロンの人材確保・育成ができるのか
結論を先に言えば、採用の段階で、その方のキャリアアップを計画・実行できる美容サロンです。最初は非正規社員として限られた仕事範囲をまかせることになります。しかし、その方の健康にも配慮しながら、随時教育を行うことになります。
例えば正社員化コースなら、どのような状態になったら正社員に転換して迎え入れるのか、採用前から考えておく必要があります。対象となる方は自然と経験の浅いスタッフということになります。経験の浅い方を雇い、教育するだけの余裕がある、というのが同助成金を活かせる美容サロンであると言えます。
他のコースでも同様に、採用段階でどのような施策を行うのか決めておいてください。
キャリアアップ助成金目的で非正規社員の方を増やしても、それをその方のキャリアアップに活かせなければ、非正規社員が成長せず、今度は人件費が負担になるという悪循環に陥る可能性があります。
逆に言えば、既に腕のある即戦力には事実上使えない、と思った方が良いでしょう。正社員として既に雇入れられる腕を持っている方をわざわざ非正規社員として雇う理由どこにも無いからです。被雇用者側も、そのような採用に応じるとも思えません。
お金が目的だとすると、そのために申請のために使う費用や工数を考えると、割に合うとも思えません。同助成金の獲得は、あくまでキャリアアップを有効に行うための施策と捉えられる美容サロンの方が、スムーズに申請まで進めると思われます。
どのような美容サロンが「キャリアアップ助成金」を受けられるのか
就業規則を作成しましょう。就業規則には、正社員と非正規社員の定義、給与期間と支払日、正社員化コースなら正社員に転換する際の手続きなど、施策を行う方法を記載します。
作成したら、周知が必要であることは当然です。周知の方法は、配布、掲示、イントラネットへの保管などの方法が考えられます。大事なのは、従業員の方が就業規則の場所を聞かれた時にすぐに答えられることです。
就業規則は非正規社員も含め、常時使用している従業員が10名以上の場合、労働基準監督署への提出が義務になります。10名未満の場合は義務ではありませんが、提出をしても構いません。
労働基準監督署に提出しない場合は、周知していることを確認する申立書を申請時に添付する必要があります。
また、就業規則は作成するだけでなく、記載された内容を正しく施行していくことになります。例えば、正社員化コースの場合、非正規社員から正社員に転換する際は、就業規則に記載された手順に従って面談などの試験を行います。
その他、労働基準法などの法律に従い、出勤簿、賃金台帳などをきちんと備え付けておく必要があります。法律で必要とされている書類がそのまま申請書類になるからです。
そして、それらの書類と就業規則の間には整合性が求められます。よくあるのは、出勤簿上残業をしているのに、賃金台帳に残業代が計算されていないケースです。
何が必要なのか、その書類の作成方法は正しいか、疑問があれば、専門家を入れてきちんとチェックをしてください。
美容サロンの人材確保・育成に活用できるキャリアアップ助成金」の申請方法
最初に作成するのは「キャリアアップ計画届」です。3ページほどの書面ですが、誰がキャリアアップの面倒を見る責任者なのか、どのような方を何年の間に何人を対象とするのか、といった計画を記載します。
こちらは、記載のしかたも案内されていますので、その通りに記載すれば良いことになります。
その後はそれぞれのコースによって分かれます。共通していることとしては、まず雇用契約書が必要になるということです。正社員化コースであれば、非正規社員として雇った契約書と、正規転換後の契約書と1人2部必要となります。
また、それぞれの施策を行った後、1~6ヶ月の給与支給実績がわかる賃金台帳と出勤簿が必要になります。その施策を行った際にきちんと出勤をして給与を支給していることを示します。
これらの添付資料を添えて、支給申請書を記載してハローワークへ提出をします。提出期間はその施策が完了してから2ヶ月間です。この施策が完了するとは、正社員化コースであれば、最後に6ヶ月目の正社員としての給与を支給した日の翌日から数えて2ヶ月後になります。
キャリアアップ助成金の獲得は計画届から数えると非常に長期間に亘るものです。そこまで準備をしながら、この申請期間を逃してしまうと、取り返しがつきません。この意味でも計画的な運用が大事であることをご理解いただけるのではないでしょうか。
美容サロンの人材確保・育成に活用できるキャリアアップ助成金」の書類作成のポイント
大事なのは、就業規則、出勤簿、賃金台帳、雇用契約書など各書類の整合性です。
例えば、就業規則に記載されている給与計算期間と支給日は、賃金台帳上に記載されているものを一致しているでしょうか。
就業規則に記載されている労働時間と出勤簿に記載されている労働時間は一致しているでしょうか。残業をされているのであれば、就業規則に記載された方法に従って、残業代を支給しているでしょうか。
出勤簿や賃金台帳を後からまとめてつけようとする事業主の方もいらっしゃいますが、それをすると、必ずどこかでこの整合性が取れなくなります。これらのものは毎日、毎月つけてこそ意味があります。必ず都度記録をするようにしておきましょう。
申請書類には、非正規社員の確認、署名を求めるものもあります。ということは、非正規社員に、キャリアアップの施策について理解と協力をしていただくことも必要です。同時にこの非正規社員の上司にも協力をしてもらう必要があるでしょう。
つまり、事業主一人で進められるものではなく、事前の計画の段階から、必要なメンバーを巻き込みながら実施する必要があるということです。それができて初めて、整合性のある書類ができる、ということになります。
美容サロンの人材確保・育成に活用できるキャリアアップ助成金」を不正受給すると
まず、申請書が労働局に到着をすると、プロの方がそれをチェックすることになります。前項のような整合性が取れない書類は見逃すことは無いでしょう。
助成金の支給後に不正受給が発覚した場合、その返還を求められることはもちろん延滞金などが加算されて請求されます。
また、事業所名は厚生労働省を通じて公表され、同社は5年間、助成金の申請ができないことになります。社会的信用を失うことは言うまでもありません。
悪質であれば刑事告訴まである話です。不正受給は絶対に行ってはいけません。リスクを多分に負ってまで申請の手間をかける必要はどこにも無いはずです。
自分が黙っていればばれない、と思うかもしれませんが、先ほどの整合性について、労働局としては厳しく追及をするはずです。また、事業主だけではなく、当事者である非正規社員へのヒアリングも行うでしょう。振込時の通帳など、後から改ざんできない書類の提出も求められることもあります。
助成金の不正受給を疑われるだけで、その対応工数もばかになりません。お金だけではなく、精神的なダメージも大きいところです。「これくらいなら大丈夫」が命取りになりかねません。ぜひ襟を正して、正々堂々と申請をしていただきたいと思います。